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静岡地方裁判所 昭和52年(ワ)57号 判決 1983年2月04日

原告 太陽グリーンランド株式会社

右代表者代表取締役 大池文雄

右訴訟代理人弁護士 渡辺昭

被告 富士市

右代表者市長 渡辺彦太郎

右指定代理人 梅村裕司

<ほか六名>

被告 渡辺彦太郎

右訴訟代理人弁護士 御宿和男

同 廣瀬清久

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一〇月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文第一、二項同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の本件申請

(一) 原告はゴルフ場の開設、経営等を主たる目的とする会社であるが、静岡県富士市大渕地区において、ゴルフ場の開設を目的として、昭和四七年から昭和四九年三月までの間にゴルフ場用地として約五八〇筆の土地(ほとんどが山林)を取得価額約三五億円をもって取得し、約九八筆の土地を賃借した(以上のゴルフ場用地を以下「本件土地」という。)。

(二) ところで、静岡県においては、土地利用事業につき、静岡県土地利用事業の適正化に関する指導要綱(以下単に「指導要綱」という。)が定められており、これによれば、一〇ヘクタール以上の一団の土地について起業者が土地利用事業を施行しようとするときは、事前に県知事の承認を得ること及びその承認申請に先立って当該土地利用事業に関する計画につき県知事と協議しその同意を得ることが要求され、更に右協議の申請をしようとする起業者は関係市町村を経由し、当該市町村長の意見を付して所定の書式による申請書を県知事に提出することが義務づけられており、起業者から直接県知事が受理しない建前となっていた。

(三) そこで、原告は、右指導要綱に基づき、本件土地につきゴルフ場開発事前審査申請書を作成し、昭和四七年一二月上旬富士市長である被告渡辺彦太郎(以下「被告渡辺」という。)に対し、その受理及び開発についての指導を求めるとともに、同被告の意見を付して県知事に回付するよう申請した(以下「本件申請」という。)。

2  被告渡辺の法律上の義務

前記のとおり、指導要綱によれば、起業者が県に提出する事前審査申請書には関係市町村長の意見書を添付することが義務づけられているのであるから、関係市町村長に対しては、右申請に対し意見を付することが要求されているのであり、被告富士市の市長たる被告渡辺には、原告の本件申請に対して意見書を付して県知事に回付すべき法律上の義務があるものというべきである。

3  本件申請に対する被告渡辺の対応(本件違法行為)

しかるに、被告渡辺は右の法律上の義務に違背し、原告の本件申請に対し以下のような対応を示し、これにより原告の本件土地の開発利用を不可能ならしめた。

(一) 昭和四七年一二月上旬の本件申請に対し、被告渡辺は申請書の受理自体を拒絶し、その後原告からの再三の申請書受理要請に対してもこれを拒絶し続けた。

(二) 被告渡辺は昭和四八年三月一三日に至り、突然、専門家に対し富士、愛鷹山麓地域の学術調査を依頼してあることを口実に、右調査結果が出るまで一年間に限り、前記指導要綱に基づく事前審査申請書の受理を留保する旨一方的に宣言(以下「申請留保宣言」という。)した。

(三) 原告は再度、被告富士市に対し、事前審査申請書に添付すべき意見書の交付を求めたが、被告渡辺は昭和四八年一〇月一六日右交付願を却下した。

(四) そして、被告渡辺は昭和四九年四月一日、今後永久に指導要綱に基づく開発事前審査申請書の受理は行わない旨宣言(以下「申請拒絶宣言」という。)するとともに、原告がその頃行った事前審査申請の受理を拒絶した。

(五) 昭和四九年八月一日、原告の再度の申請に対し、被告渡辺は右申請書を直ちに原告宛に返送した。

(六) 原告が昭和四九年六月一〇日、同年七月二九日、昭和五〇年七月二九日富士市役所に赴き、申請書の受理要請を行い、これを拒否する根拠を聞きただしたうえ、若し被告富士市の適切かつ速やかな行政指導が期待できず、原告が独自に開発を開始した場合、被告富士市はいかなる態度をとるかを聞きただした際、被告渡辺は、原告においてそのような行動はとり得るものではないと考えるが、万一行った場合はあらゆる手段を用いてこれを阻止する旨答えて原告を威嚇し、原告の土地所有権の行使を妨害した。

4  被告らの責任

(一) 被告富士市の責任(国家賠償法一条)

前項記載のとおり、被告渡辺は、原告の本件申請に対し、市長として意見書を付し県知事に回付すべき法律上の義務があるにもかかわらず、申請書の受理を拒否し続け、更に永久にこれを拒絶する旨宣言するとともに、原告が独自に開発を進めるときは実力でこれを阻止する旨威嚇することにより、原告の本件土地の開発利用を不可能ならしめ、原告の財産権(土地所有権等)を永久にかつ何らの補償もなく剥奪したものであって、以上の被告渡辺の行為は同被告の負う法律上の義務に違反するのみならず、財産権を保障した憲法二九条にも違反するものである。

そして、被告渡辺の右各違法行為は市長としての公権力の行使に該当するものといえるから、国家賠償法一条に基づき、被告富士市は原告が右違法行為により被った損害につき賠償する責任がある。

(二) 被告富士市の責任(憲法二九条三項)

仮に右国家賠償責任が認められないとしても、被告富士市には憲法二九条三項に基づき原告に対し正当な補償をなすべき責任がある。

すなわち、憲法上、財産権に対する侵害が財産権に内在する社会的制約として社会通念上受忍されなければならない程度を越える場合には、右財産権者に特別の犠牲を強いるものとして、その補償を要するとされているところ、以上の被告富士市の土地開発に対する規制措置は、土地所有権に内在する一般的、社会的制約の範囲を越えるものであり、原告に対し特別の犠牲を強いるものというべきであるから、被告富士市は原告に生じた損害を補償すべきである。

(三) 被告渡辺の責任

被告渡辺には、以上の違法な公権力の行使をした者として、原告の被った損害を賠償する責任がある。

国家賠償法において、当該公務員の個人責任が認められるか否かにつき解釈は分れているが、民法上は機関個人又は被用者個人の責任が当然視されていること、公務員の権限濫用を監視する機能、国家賠償法上の求償に関する規定の趣旨から考えて、右個人責任はこれを肯定すべきである。

5  原告の被った損害

原告は本件違法行為により、ゴルフ場用地として取得した土地についての財産権の行使を妨害されたところ、右土地の取得代金につき、各取得の日から昭和五一年二月末日まで年一割の割合(取得経費については年五分の割合)で金利相当額を算出すると、右時点で合計金一三億九一四〇万五三一〇円となる。

原告は右のほか、被告渡辺の違法な処分により、その開発を理由なく妨害され、営業所を閉鎖し、従業員の大部分を解雇せざるを得なくなり、不急の退職金の支払を余儀なくされ、会社の存立の基盤すら奪われるに至っており、開発が行われた場合の得べかりし営業利益の喪失等を考慮すれば、その損害は右金額をはるかに上回ることは明らかである。

6  よって、原告は被告らに対し、連帯して、前記損害のうち、金五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五一年一〇月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(一)の事実中、原告がゴルフ場の開設、経営等を主たる目的とする会社であること、静岡県富士市大渕地区において昭和四七年頃から土地の買収をしたこと、原告主張の頃に主張のような土地を取得したことは認め、その余は不知。同(二)の事実中、静岡県が同県の土地利用事業に関する指導要綱等にかかる諸規定を定めたことは認めるが、右諸規定中に原告主張のような規定は存しない。同(三)の事実は否認する。但し、昭和四七年一二月一三日原告の取締役らが被告富士市の企画調整部企画課へ来庁し、富士市大渕地区におけるゴルフ場等の造成計画構想について説明したことはある。

2  同2の事実は否認する。

3  同3(一)の事実は否認する。同(二)の事実中、被告渡辺が昭和四八年三月一三日市議会において、原告主張のような学術調査の結果に基づき山麓地域開発の富士市全域に及ぼす問題点の解明がなされる昭和四九年三月末までを期限として土地利用計画の審査を留保する旨公表した上、関係者に通知したことは認めるが、その余は否認する。同(三)の事実中、被告富士市が原告主張の日に原告に対し文書をもって原告申請の意見書の交付願については事前審査申請書の審査はしないとの通知をしたことは認め、その余は否認する。同(四)の事実中、被告渡辺が昭和四九年四月一日、富士、愛鷹山麓の概ね標高二〇〇メートル以上の地域において概ね一〇ヘクタール以上の面積にわたるゴルフ場等の造成を目的とする大規模開発事業については、原則としてこれを認めないとする旨公表したことは認め、その余は否認する。右同日、原告従業員から被告富士市職員に対し、事前審査申請書を持参した旨の申出があったが、同職員は被告富士市の基本方針を説明し、申請書を受理しない旨伝え、申請書の持ち帰り方を要請したところ、原告従業員はこれに従ったのである。同(五)の事実中、原告主張の日に被告富士市が事前審査申請書を返送したことは認め、その余は否認する。同(六)の事実中、昭和四九年六月一〇日、同年七月二九日原告が富士市役所に来庁し、原告主張のような点を聞きただしたこと及び昭和五〇年七月二九日原告の関係者が来庁したことは認め、その余は否認する。

4  同4(一)ないし(三)の主張は争う。

5  同5の事実は不知。

三  被告富士市の主張

1  静岡県の土地開発行為に対する対策

静岡県内では昭和三〇年代後半頃から山間部における開発行為が盛んとなってきたが、昭和四七年後半頃からはゴルフ場等をはじめとする各種のレジャー施設及び別荘地の開発行為が一層活発化し、地域によっては自然環境の保全や治山、治水など防災上の見地から多くの憂慮すべき問題が生じてきたため、県は県内全域にわたる乱開発を調整する対策として、昭和四一年土地利用対策委員会を設置し、大規模開発における土地利用事業の調整と適正な誘導を図ってきた。そして、昭和四七年四月二〇日には同委員会の行う土地利用事業の審査及び事務処理の基準として、静岡県土地利用対策委員会運営要領(以下「運営要領」という。)が施行され、昭和四九年一二月二四日には右運営要領に代って、指導要綱が告示、施行された。

2  被告富士市の意見書を付すべき法律上の義務の不存在

(一) 運営要領及び指導要綱では、事業用地を取得する以前に先ず事前審査を申請し、県土地利用対策委員会の了承(運営要領の場合)若しくは静岡県知事の同意(指導要綱の場合)を得なければならないとされている。

そして、関係市町村の意見に関する規定をみると、運営要領では、右事前審査に際し提出すべき書類として「市町村の意見書」が含まれているが、右意見書の添付を関係市町村に義務付けるような規定は存しないし、指導要綱においては、土地利用事業施行者に対して関係市町村長の意見書を提出すべき旨の義務規定も存在しないこととなり、代って、「知事は、……承認をする場合には、あらかじめ関係市町村長の意見を聴くものとする。」旨の規定(第八条二項)が置かれているのみである。

このように、運営要領、指導要綱いずれにおいても、関係市町村が土地利用事業に対し意見を付することは義務付けられていないのである。

したがって、被告富士市には原告の事業につき意見書を提出する義務は存しないものというべきである。

(二) また、運営要領は静岡県内の土地利用事業の審査及びこれについての事務処理基準を定めた内部的な訓令にすぎないから、その性質上、被告富士市に対する法的拘束力を有しないし、指導要綱も告示されてはいるが、県知事及び土地利用対策委員会の行う審査、承認等の規準を定めた職務上の訓令としての性質には変りはないから、被告富士市を拘束するものではない。したがって、仮に、運営要領又は指導要綱に関係市県村の意見書添付を義務付ける規定が存したとしても、これによって関係市町村としての被告富士市が法的に拘束され、意見書を添付すべき法律上の義務が生ずることにはならないのである。

原告は、静岡県が県内市町村に対し、意見書の添付という行政事務を委託していることから、関係市町村が受託者として受託業務を誠実に履行する法律上の義務があると主張するけれども(後記五1)、静岡県は起業者の土地利用事業計画に対する審査権限を失っていないこと、静岡県と被告富士市の間で意見書添付に関する協議がなされておらず、協議に基づく規約が存しないことからみて、県から被告富士市への行政事務の委託と考えることはできず、右意見書添付は、静岡県が行う審査の参考にするため、関係市町村に協力を要請したにすぎないのである。

3  被告富士市の土地開発行為に対する対策

被告富士市は大規模開発行為について何らの許認可権も有していなかったが、富士市土地利用対策委員会規程により、土地利用事業の調整を図り、市民福祉の増進に資するよう行政指導を講じてきた。しかしながら、昭和四七年後半頃から富士山麓の森林地域におけるゴルフ場進出計画が急増し、昭和四八年初めにはその計画は九社、面積にして約一四〇〇ヘクタールに及びこの面積は富士市域の山林面積の約一三パーセントに相当するものであり、このことは自然環境の破壊や山林の治水、治山機能の減退、洪水等の災害の危機をもたらすものとして極めて憂慮される事態であった。

そこで被告富士市は昭和四八年五月から富士、愛鷹山麓の自然環境の保全と土地利用のあり方についての科学的調査を実施し、ゴルフ場等の造成に関する諸問題の解明とその対策を探るため一年間にわたる調査を行うこととし、その間被告富士市は富士市土地利用対策委員会規程に基づく富士市宛のゴルフ場造成計画申請の審査を保留することとした。そしてこの旨を昭和四八年三月一三日「ゴルフ場等大規模開発事業にともなう土地利用計画の取扱い方針」(以下「取扱い方針」という。)として宣言したが、この審査保留措置はゴルフ場等の過密乱開発の防止を図るための対応であり、被告富士市のみならず静岡県及び被告富士市に隣接する富士宮市においても同様の措置が採られているのである。

そして、被告富士市は、右科学的専門調査の結論に基づき、昭和四九年四月一日「富士、愛鷹山麓地域における大規模開発事業の規制について」(以下「規制方針」という。)を公表し、右地域の標高二〇〇メートル以上の地域における一団地一〇ヘクタール以上の大規模開発行為は認めないとする行政方針を示した。これは、自然環境を保全し災害から市民を守り良好な生活環境を維持していくためには富士、愛鷹山麓の森林機能の保全が不可欠なものであるとの認識から、右行政方針を一般に表明することによって起業者の理解と協力を求めたものである。

4  本件申請に対する被告らの対応――公権力行使性の欠如

前項のとおり、被告富士市には土地開発事業についての許認可等の権限はないのであって、請求原因3(二)記載の申請留保宣言及び同3(四)記載の申請拒絶宣言は被告富士市としての土地開発に対する意見ないし政策の指針若しくは基本的態度を示したものにすぎず、何らの強制力、法的拘束力を伴うものではないから、右各宣言の公表が公権力の行使に該当しないことは明らかである。

被告渡辺及び被告富士市の職員らの本件申請に対するその他の対応は、原告に対し被告富士市の右基本方針に従ってなされたものであり、請求原因3(六)主張の事実も、被告富士市の担当職員が被告富士市の右基本方針を説明し、原告にその理解と協力を求めたものにすぎず、いずれも公権力の行使に当たるものではない。仮に、右行為がいわゆる行政指導に該当するとしても、拘束力、強制力を伴うものではないのであり、原告もこのことを充分承知していたものである。

5  原告の採るべき手段について――原告の県に対する事前審査申請不受理の責任の所在

原告としては、本来、運営要領又は指導要綱に基づいた行政指導を受けようとする場合、これらの規定を遵守し、事業用地取得前に事前審査申請をするべきであった。

また、前述のとおり、運営要領によれば、事前審査申請には添付書類として被告富士市の意見書が必要とされているから、被告富士市が原告に対し右意見書を交付しないことにより、県において原告の事前審査申請が受理されない余地があるけれども、前述のとおり被告富士市には右意見書を作成交付する法的義務がないのであるから、県が原告の事前審査申請を受理するか否かは被告富士市とかかわりのないことである。原告としては、被告富士市の見解を包括的に表明した前述の取扱い方針又は規制方針の文書を意見書として添付して事前審査申請書を提出することも可能であった。そして、指導要綱が施行された昭和四九年一二月二四日以降においては、市町村の意見書は添付書類になっていないのであるから、直接県知事に土地利用事業計画書を提出してその受理を求めるべきであった。

しかるに、原告は右の措置をいずれも採らなかったのであるから、原告の申請書が県に受理されなかったのは原告自身の怠慢によるものというべきである。

また、静岡県としても、関係市町村の意見聴取は県の事前審査の参考にするためにすぎず、そのうえ、県は被告富士市の大規模開発に対する方針を充分了知していたのであるから、被告富士市が公表した前述の二つの方針を表明した文書をもって被告富士市の本件申請に対する個別の意見書とみなして、原告の事前審査申請を受理するべきであったのであり、その不受理の責任は原告の怠慢のみならず、県のかたくなな態度にもあったのである。

したがって、被告富士市が原告の事前審査を受ける権利を侵害したとする原告の主張は筋違いである。

6  原告の財産上の損害の不発生

(一) 土地の所有権に対する侵害行為とは、所有者の土地の利用行為が現実に妨げられることが必要であるところ、本件土地については原告の土地所有権あるいは賃借権は被告の行為によって何ら妨げられていない。すなわち、前述のように、被告富士市はゴルフ場等の土地利用事業の施行につき何らの許認可等の権限を有するものではなく、被告富士市の取扱い方針や規制方針の公表やその他の被告渡辺らの行為は原告に対し法的拘束力を有するものではないから、被告らの行為は原告の土地所有権に対する現実の侵害行為となるものではない。

(二) 被告富士市が原告の要請に応じて事前審査申請に意見書を付したとしても、原告がゴルフ場を開設しうる現実性は極めて希薄であり、したがって原告にゴルフ場開設による得べかりし営業利益が発生する余地はない。

すなわち、指導要綱によれば、優良人工造林地又はこれに準ずる天然林の区域内では原則として土地利用事業を認めないものとされているところ、原告の予定するゴルフ場は右の森林地域内に存していたし、道路、河川等の改修、山林伐採に伴う代替造林の施行又は砂防対策等々の規定からみても、原告の事業計画に対し知事の同意を得ることは多大の困難があったものと判断されるし、更に、県(委員会若しくは知事)は関係市町村の意見を最大限に尊重して承認若しくは同意の可否を決するところ、前述の被告富士市の行政方針から明らかなように、本件申請に対する被告富士市の意見は「不適当」以外にあり得ないうえ、県も当時、昭和四八年九月一四日付で、ゴルフ場面積が当該市町村面積の二パーセントを越える市町村については審査の新規受付を保留しており、大規模開発を抑制する方針であったことからしても、原告提出のゴルフ場造成事業計画が県(委員会若しくは知事)の承認若しくは同意を得る見込みは全くなかったというべきである。

7  憲法二九条三項に基づく補償請求について

原告は被告富士市がした前記の規制方針の宣言が土地所有権に制限を加え、原告の土地所有権を侵害しているとして補償請求しているが、右規制方針は前記のように土地開発事業についての被告富士市の基本的態度を示したものであって、条例のような法的拘束力を有するものではないから、財産権を規制、制限するものとはいえず、原告の補償請求は前提において明らかに失当である。

四  被告渡辺の主張

公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害の賠償を求める場合、当該公務員は個人としても行政機関としての地位においてもその責任を負わないから、原告の被告渡辺に対する請求は失当である。

五  被告富士市の主張に対する原告の反論

1  被告らの法律上の義務の存在

(一) 指導要綱の法的拘束力

指導要綱は条例又は規則の形式をとってはいないが、静岡県の行政行為として公定力を有するから、これを一方的に否定することはできず、市町村はこれに拘束され、県が委託した意見書の添付が義務づけられることになるし、仮にそうでないとしても、指導要綱は、地方公共団体が住民の開発行為を規制し、当該地方公共団体の意図する「秩序ある開発」に従わせようとして、一般的、抽象的規制の文言で、住民に対し宣言する形式で公表され、当該地方公共団体における公序を形成するものとして法的拘束力を有している。

本来、住民の財産権の規制を伴う指導要綱は、条例の形式で所定の手続を経て、補償措置を設けたうえで制定すべきであるが、一般にいわゆる要綱行政が広く行われ、開発規制の目的を達しており、住民も指導要綱に基づいて各々の行動を方向づけ、結果を予測している。その意味で指導要綱が設けられた地方公共団体においては、行政組織内でこれを準則として規制の公平化ないしは適正開発の実現の目的に奉仕すべきであり、住民としては右要綱に従って開発行為の認可を得、認可条件を遵守して開発行為を行うことが適法行為となり、これに反する行為は違法行為と評価されるのであるから、指導要綱の設置は公序を形成するものといえる。

したがって、指導要綱を設けた以上は、行政はこれに従って行うことが最小限度の義務というべきであり、これを無視し、若しくは違反する行政側の行為は違法若しくは不当な行為と判断されるのである。

(二) 行政事務の受託者としての義務

静岡県は運営要領に基づく開発規制及び許認可の事務手続を円滑に行うため、県内市町村に対し、土地利用対策委員会若しくは市町村長の意見書の添付を委託するとともに、起業者に対しては右意見書の添付を要求しているのである。これは、行政事務を県が関係市町村に委託したものであり(地方自治法二五二条の一四)、行政事務受託者である関係市町村は、右地方自治法の規定、行政組織法の一般的義務及び国民に対する行政庁の義務として受託業務を誠実に履行すべき義務がある。

2  被告らの開発規制行為の効果――公権力行使性と原告の財産上の損害

(一) 被告富士市は、前述の取扱い方針及び規制方針は法的拘束力がないから公権力の行使に該当しないとし、また、同被告には土地利用事業についての許認可の権限がなく、原告の土地利用行為を現実に妨げていないから、原告に対する権利侵害はないと主張する。

しかし、右取扱い方針及び規制方針の公表をはじめとする被告らの対応はそれが行政活動である以上、住民としてはこれを無視し得ないことは明らかであるから、法的拘束力がなく任意の協力を期待するにすぎないのであれば、その旨明示すべきであり、しかも、請求原因3(六)記載のとおり、原告に対し、申請拒絶宣言に従わずに開発を実行した場合には、被告富士市は実力で右開発を阻止する旨答えているのであるから、被告らの対応は、法律上の権限なしに原告の土地利用行為を妨げたものといわざるを得ず、原告に損害が発生したことは明らかである。

また、被告富士市が土地利用事業に対する許認可権限がないとしても、県は市町村の意見書の添付されていない事前審査申請書は受理しないから、被告富士市が意見書を添付しないことは県の審査を受けられないことと同視し得るのであり、これは原告の土地利用開発が阻止されたことに等しい。

(二) 被告富士市は、原告に対して意見書を添付したとしても、県知事の認可を得られる可能性はなかった旨主張する。

しかし、本件申請と同時に申請した静岡県裾野市今里地区の裾野コースが認可されており、太平洋クラブ御殿場コースもその頃認可されているところ、これらの区域と本件富士市大渕地区とは同一地形であり、同様の森林地域であるから、被告渡辺が本件申請に対し意見を付して県に回付すれば、認可される可能性は充分にあったものである。

第三証拠《省略》

理由

一  原告がゴルフ場の開設、経営等を主たる目的とする会社であること、原告が静岡県富士市大渕地区において昭和四七年頃から土地の買収をしたこと、原告主張の頃に主張のような土地を取得したことは当事者間に争いがない。

二  静岡県の土地開発行為に対する規制の準則

《証拠省略》によれば、静岡県は県内全域にわたる合理的な土地利用の調整を行い、自然環境の保全と県土の均衡ある発展を図るため、昭和四一年に静岡県土地利用対策委員会設置規程に基づき土地利用対策委員会(以下「委員会」という。)を設置したこと、昭和四七年四月二〇日から右設置規程に基づき施行されている運営要領によれば、いわゆる行政指導として、二万平方メートル以上の土地利用事業を計画している起業者にその事業計画につきあらかじめ委員会の了承を得ることが要求され(事前審査。運営要領三条)、右事前審査のためには起業者は事業の事前審査申請書に市町村の土地利用対策委員会(同委員会が設置されていない市町村にあっては市町村長)の意見書を添えて提出しなければならないと規定され(四条三項)、提出書類として事前審査申請書、事業計画書等とならんで市町村の意見書が要求されていたこと、昭和四九年一二月二四日には右運営要領に代って指導要綱が告示され、これによれば、行政指導として、二ヘクタール以上の一団の土地について土地利用事業を施行しようとする事業者は法令に基づく許可、認可の申請又は届出をする前にあらかじめ知事の承認を受けなければならないとされ(六条一項)、知事は右承認をする場合には、あらかじめ関係市町村長の意見を聴くものとするとされていた(八条二項)こと、そして昭和四一年には前記委員会の設置にともない、静岡県副知事から市町村長宛に書面を送付し、県の審査する事前審査申請書に対して市町村長の意見を添付するよう協力を要請したことが認められる。

三  本件申請とこれに対する被告富士市の対応

被告渡辺が昭和四八年三月一三日富士市議会において、富士、愛鷹山麓地域の学術調査の結果に基づき山麓地域開発の問題点の解明がなされる昭和四九年三月末まで土地利用計画の審査を留保する旨公表し、関係者に通知したこと、被告富士市が昭和四八年一〇月一六日に原告に対し、文書をもって原告申請の意見書の交付願については事前審査申請書の審査はしないとの通知をしたこと、被告渡辺が昭和四九年四月一日、富士、愛鷹山麓の概ね標高二〇〇メートル以上の地域において概ね一〇ヘクタール以上の面積にわたるゴルフ場等の造成を目的とする大規模開発事業については、原則としてこれを認めないとする旨公表したこと、同年八月一日被告富士市が原告に事前審査申請書を返送したこと、同年六月一〇日、同年七月二九日原告が富士市役所に赴き、申請書の受理を拒否する根拠と、若し原告が独自に開発を開始した場合、被告富士市はいかなる態度をとるかを聞きただしたこと及び昭和五〇年七月二九日原告の関係者が富士市役所に赴いたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  原告は昭和四七年三月にゴルフ場の開発等を目的として設立され、同年九月頃から土地の買収を開始し、同年一二月一三日原告の取締役長谷川龍生外五名が被告富士市の企画調整部企画課へ赴き、同課の担当職員八木堅らに対し、原告が富士市大渕地区にゴルフ場を開発造成しようとしていること及びその計画の概要を説明した(このとき事前審査申請書は持参しなかった。)。

被告富士市ではその頃、多数のゴルフ場の進出により富士市山麓の自然環境が破壊されるおそれがあり、その対策を検討していたところであったため、右担当職員らは原告の長谷川取締役らに対し、その状況を説明し、原告の構想しているゴルフ場開発計画について被告富士市が同意することは困難と予想される旨説明した。

2  被告富士市は昭和四八年三月一三日、右対策の一環として、取扱い方針を公表し、富士、愛鷹山麓地域におけるゴルフ場、レジャー施設並びに別荘地等概ね一〇ヘクタール以上の開発事業については、被告富士市が昭和四八年度に実施する右地域の自然環境保全と土地利用に関する将来構想策定のための科学的専門調査により山麓地域開発の富士市全域に及ぼすあらゆる問題点の解明がなされる昭和四九年三月三一日までを期限として土地利用計画の審査を保留する旨宣言した。

3  昭和四八年七月原告の長谷川取締役が被告富士市の企画調整部企画課に赴き、被告富士市に対して前記ゴルフ場開発申請を出したいとの話があったが、被告富士市の担当職員は右取扱い方針に基づきその受理を拒否した。

4  原告は同年一〇月一一日、内容証明郵便をもって富士市長である被告渡辺に対し前記ゴルフ場開発の事前審査申請書を送付したところ、被告富士市は右取扱い方針に従いこれを受理せず原告に返送した。

5  原告は被告富士市が事前審査申請書の受理を拒否したため、昭和四九年直接静岡県に対し、右申請書の受理を求めたところ、県の担当職員は被告富士市と協議して意見書を添付して欲しい旨答え受理はしなかった。その後も原告から一、二回同趣旨の電話があったが県側でも右と同様の対応をした。

6  前記取扱い方針における審査留保期間が経過した昭和四九年四月一日、被告富士市は規制方針を発表し、この中で前記科学的専門調査の結果に基づき、富士南麓に位置する自治体の責務として、地域の自然環境を保護し、市民にとって安全にして良好な生活環境を保全するため、富士、愛鷹山麓の概ね標高二〇〇メートル以上の地域につき、概ね一〇ヘクタール以上にわたるゴルフ場、レジャー施設並びに別荘地等の造成を目的とする大規模開発事業については原則として一切認めない旨宣言し、右規制方針を新聞に公表したうえ静岡県に通知し、更に被告富士市に対し開発計画の審査を求めていた原告ら起業者にも書面を送付して右規制方針を通知した。

そして、被告渡辺をはじめとして被告富士市側は、大規模開発事業に対する被告富士市の意見は右規制方針の公表によって包括的に表明しているのであるから、個別の審査申請に対する具体的な意見書の作成交付は不要と考えていた。

7  原告は審査留保期間が昭和四九年三月末日をもって経過したため、同年四月一日に事前審査申請書を富士市役所に持参し、その審査とこれに対する被告渡辺の意見書の作成交付を求めたが、これに対し、被告富士市の担当者は右同日付をもって公表された前記規制方針を説明し、右事前審査申請書の受理を拒否した。

そして、前記のとおり、同月三日付で被告渡辺は原告宛に、右規制方針を説明し、これに対する協力を要請する書面を送付した。

8  原告の代表取締役、取締役大曲恒夫及び弁護士(本訴原告訴訟代理人)渡辺昭らは昭和四九年六月富士市役所に赴き、被告渡辺、助役、企画調整部長、総務部長らと面談し、原告のゴルフ場造成計画を審査して欲しい旨求めるとともに、もしそれが認められない場合には、原告は既に土地を取得しているのでその補償若しくは土地の買取りをするよう要求した。これに対し、被告渡辺ら被告富士市の職員は前記規制方針を説明し、右方針に対する原告の理解と協力を要請した。その際原告側からは、ゴルフ場が造成できないとした場合には、その用地として取得した土地に対し特別土地保有税を課さないで欲しい旨述べられたが、被告富士市側はこれに対しても婉曲に拒否した。

9  更に同年七月二九日、原告の代表取締役、大曲取締役及び渡辺弁護士らが富士市役所を訪れ、被告渡辺、環境部長らと面談し、同被告らに対し、事前審査申請書を受理し、審査のうえ意見書を交付することを求めるとともに、右保有税の課税免除を再度求めたところ、被告渡辺らは保有税に関する右要請に対して応諾し難い旨述べたが、事前審査申請書については原告側が更に、「見るだけは見て欲しい。後で返してくれてもよい。不可なら不可意見を出してくれてもよい。」との趣旨を述べたので一応預ることにしたものの、被告富士市の前記方針からして受理し難いとして同年八月一日にはこれを原告宛に返送した。

右会談の席上、原告側は被告渡辺らに対し、被告富士市で大規模開発を認めないとする方針の法的根拠を問い、更に、仮に被告富士市の方針に反して原告が開発に着手した場合に被告富士市はいかなる態度をとるかを質問したのに対し、被告渡辺は右方針は被告富士市の協力要請であるから、あくまでもこの方針に協力して欲しい旨求め、右方針は富士市民の要望でもあり、市長としての公約でもあるから審査はできないとし、万一原告が開発を強行した場合には、いかなる方法をもってしてもこれを阻止する旨述べた。

10  当時、南富士ゴルフ倶楽部は被告富士市の前記規制方針に従わず、被告富士市に無断でゴルフ場開発を強行したため、昭和四九年九月頃から「富士市を明るくする会」をはじめとする市民団体がその造成工事を阻止すべく住民運動を展開し、結局、被告富士市と右会社とは、このような事情を背景として条件を調整し、これにより住民運動の収束をみた。

11  そして、被告富士市は昭和五〇年一二月二四日「富士市の自然環境の保全と緑の育成に関する条例」を定め(昭和五一年三月一日施行)、土地利用事業を行おうとする者は、市長に対しその事業の目的、場所、事業計画等を届出ることとし(右条例一五条一項)、市長はこれに対しとりやめや変更を勧告しうることとされた(一五条二項)。

原告は昭和五一年三月二二日、被告渡辺に対しゴルフ場開設のための土地利用事業届出をなしたが、被告渡辺はこれに対し昭和五一年一〇月二一日、右ゴルフ場造成事業計画は植生の保全、治山治水機能の保全等々自然環境を保全する観点から審査して不適当と判断し、とりやめを勧告した。

12  一方、静岡県においても大規模開発の急増傾向により、自然環境の保全や治山治水等防災上の見地から多くの問題を生じたため、昭和四八年九月一四日大規模開発行為を抑制するため暫定措置として、既設及び計画中のゴルフ場面積(若しくは別荘地面積)が当該市町村面積の二パーセントを越える市町村を対象地域として同年九月一五日から当分の間、ゴルフ場建設及び別荘地造成のための県委員会に対する審査の新規受付を保留することとし、更に昭和五〇年八月二〇日には、同日より当分の間、県東部地域(富士川以東)の全市町村を対象地域とし、ゴルフ場の新規造成及び増設のための審査の新規受付を保留することとした。

以上のとおりである。

四  被告渡辺らの行為の公権力性

そこで、前項認定の被告渡辺ら被告富士市の職員の各行為が公権力の行使に当たるか否かについて判断するに、右各行為は大規模開発行為に対する被告富士市の基本方針の表明とこれに基づく原告に対する対応として、起業者たる原告に右方針への協力を要請し、その当然の帰結としてゴルフ場造成計画の実行を翻意するよう勧告し、その事前審査申請書を受理しなかったというもので、これを一連の行為としてみれば、被告富士市には土地利用行為についての法的規制権限がないけれども、市としての立場からこれを事実上規制するため、原告に市の基本方針からゴルフ場造成を翻意するよう勧告したものということができ、いわゆる行政指導に当たるということができる。そして、右行政指導は地方自治法二条三項七号に規定する環境の整備保全という地方公共団体の職務としてなされたものといえる。

ところで、国家賠償法一条一項所定の「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私的経済作用及び同法二条所定の公の営造物の設置及び管理の作用を除くすべての作用をいうと解するのを相当とするから、本件において被告渡辺らのなした行政指導は、同法所定の公権力の行使に当たるものというべきである。

五  被告渡辺らの行為の違法性

次に、前記三認定の被告渡辺らの各行為が違法であったか否かについて検討する。

1  まず、昭和四九年四月一日に被告富士市の公表した規制方針が違法か否かについて判断するに、前認定のとおり右規制方針は法的拘束力をもつものではなく、被告富士市の大規模開発に対する基本方針を明らかにし、起業者に協力を要請したものにすぎないうえ、科学的専門調査の結果に基づき、富士南麓に位置する自治体の責務として地域の自然環境を保護し市民にとって安全で良好な生活環境を保全するためになされたものであり、しかも、このような乱開発から自然環境を保全しようとする傾向は独り被告富士市のみのものではなく、当時の静岡県の志向する方向でもあることを考慮すると、右規制方針の公表をもって違法ということはできない。

したがって、右規制方針に基づき原告に対し協力を要請し、その当然の帰結として、前記のとおりゴルフ場造成計画を翻意するよう勧告することもまた違法ということはできない。

なお、前記のとおり、原告側が、右方針に反して開発に着手した場合被告富士市はいかなる態度をとるかを質問したのに対し、被告渡辺が、万一原告が開発を強行した場合にはいかなる方法をもってしてもこれを阻止する旨応答した点についても、被告富士市としては原告に対し再三右規制方針を明示し協力を要請しているところであるから、原告の右質問が地域開発、環境保全に前記のような政治理念を貫ぬこうとする被告渡辺の反発を招くおそれのあったものであることも否定できず、被告渡辺の応答は行政の対応として不穏当と非難される余地はあるにしても、このような質問に対し被告富士市の断固たる姿勢を示そうとする表現態度とみ得るものであって、元来行政指導に関する応酬でもあり、阻止のため具体的な手段方法を挙げて威嚇したとまではみられず、いまだこれを捉えて違法と評することはできない。

2  次に、被告渡辺が原告申請の事前審査申請書を受理せず、したがって右申請に対する市長としての意見書を作成添付しなかった点が違法であるか否かについて判断する。

(一)  前認定のとおり、市長のなす意見書の作成添付は県が市長に対し協力を要請したものであることが認められるが、更にすすんで右意見書の作成添付が市長の法的義務といえるか否かについてみるに、前認定のとおり、静岡県の運営要領及び指導要綱には、土地利用事業施行者に対し市町村の意見書を要求したり、知事に対し市町村長の意見を聴くことを要求する規定は存するけれども、市町村長に対し意見書の添付を義務付ける規定は存しないし、また元来、右運営要領や指導要綱は県が土地利用事業の審査をするための手続や基準を定めた内部的な訓令にすぎないから、仮に市町村や市町村長に意見書添付を義務付ける規定があったとしてもその規定が別個独立の地方自治体である市町村若しくは行政機関たる市町村長を拘束し、法的に義務付けるものとは解することができないから、いずれの点からみても、被告渡辺や被告富士市に原告の事前審査申請書に意見書を作成添付すべき法的義務は存しないというべきである。

原告はこの点につき、運営要領や指導要綱は静岡県内における公序を形成しており法的拘束力を有している旨主張する。たしかに土地利用事業施行者にとっては県(委員会若しくは知事)の承認を円滑に得るためには運営要領等に従うことが事実上要請されることとなるけれども、この点を捉えて運営要領等が公序を形成し、法的拘束力を有するということはできないから、右主張は採用し得ない。

また、原告は、市町村の意見書の添付は県から市に対し行政事務が委託されたものであるから、被告富士市は行政事務受託者として意見書を添付すべき法的義務がある旨主張するが、右意見書添付は県(委員会若しくは知事)が審査の参考とするために関係市町村の意見を徴するものであるから、元来県の行政事務に属するものでないこと明らかであり、したがって、意見書添付が県の行政事務を市に委託したものであるとする右主張は到底採用することができない。

(二)  右のとおり、被告渡辺に原告の事前審査申請書に意見書を添付する法的義務が存しないことに加えて、前認定のとおり、運営要綱等では県(委員会若しくは知事)に対する事前審査申請は用地取得前にすることとされているにもかかわらず、原告は事前審査申請前しかも被告富士市に対する充分な意見の打診をする前に用地の取得に着手していたものであること、被告富士市では原告からゴルフ場造成計画の説明を受けた当初から、その問題状況を説明し市が右計画に同意することは困難である旨伝えてあること(原告はそれにもかかわらず用地の取得を継続した。)、被告富士市は昭和四九年四月一日前記規制方針を公表すると同時にこれを県に通知し、更に原告ら起業者にもこれを通知して右方針を周知せしめ、その理解と協力を求めているのであるから、原告は、被告富士市が原告の事前審査申請書を受理しないであろうことは充分予想し得たはずであり、したがって、原告としては、直接県に対し、右規制方針の表明をもって被告富士市の意見書とみなすか又は右意見書の添付なしに事前審査申請書を受理してくれるよう強く要請し、県がこれを拒否したときは、県から被告富士市に対して個別の意見書を添付するよう再度要請するよう求める等の手段も考えられたこと(前記のとおり、県は被告富士市に対し意見書の添付を法的に義務付けているのではないし、被告富士市の方針については熟知しているのであるから、県があくまでも被告富士市の意見書なしには事前審査申請書を受理しないとの態度をとるのは妥当を欠くものといわざるを得ない。)、また、被告富士市が右規制方針を公表した以上、仮に原告の事前審査申請書に対し個別的意見を作成添付したとしても、それが不可意見となることは明らかであり、これにより県が原告の申請に承認を与える余地は事実上ないといえること、以上の諸点に鑑みれば、被告渡辺が原告の事前審査申請書に対し意見書を添付しなかったことをもって違法とみることはできないというべきである。

もっとも、被告渡辺が県から意見書添付の協力要請を受けていながら、前記規制方針の公表をもって事足れりとし、原告の事前審査申請書に対し意見書を添付しなかったことはかたくなな態度というべきで、市の対応として妥当を欠いたきらいは免れないけれども、前記諸事情を勘案すると右の点をもって違法ということはできず、他に被告渡辺が原告の事前審査申請書に意見書を作成添付しなかったことを違法とすべき点はない。

3  したがって、被告渡辺らの前記三認定の各行為には違法とすべき点はないものというべきである。

そうすると、右の違法を前提として被告富士市及び被告渡辺に対して損害賠償を求める原告の主張は失当というべきである。

六  憲法二九条三項に基づく補償請求

原告は、被告らの行為が違法でないとしても、原告は被告渡辺らの行為により土地所有権が侵害され、特別の犠牲を強いられたとし、被告富士市に対し憲法二九条三項に基づき被った損失の補償を請求しているので判断するに、右条項に基づき直接補償請求しうるのは、法令による財産上の犠牲が単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を越え、特別の犠牲を課した場合に限るべきである(最高裁大法廷昭和四三年一一月二七日判決、刑集二二巻一二号一四〇二頁参照)ところ、被告渡辺らの行為は前記規制方針により大規模開発に対する被告富士市の基本的態度を表明し、これに協力を求めたにすぎず、原告の財産権を法的に制限するものではないから、原告主張はその前提を欠き失当というべきである。

七  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高瀬秀雄 裁判官 荒井勉 裁判官松丸伸一郎は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 高瀬秀雄)

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